『馬込と大田区の歴史を保存する会』について (
2016年6月更新)
 
 始めるにあたり、記憶では武蔵国の荏原郡(現・大田区)には、奈良時代に設置されたと考えられる古東海道の駅がありました。駅に馬を提供するために、天然の谷と豊かな湧き水のある馬込九十九谷では、馬の放牧が行われていたと考えられます。鎌倉時代に古東海道は『下の道』(しもの道)と言われ、鎌倉から奥州に向かう三本の街道の内、いちばん海よりの街道でした。(写真は金沢の瀬戸神社)
 
 鎌倉時代初期、 鎌倉から朝比奈峠を越え、金沢八景の海岸沿いに歩き、保土ヶ谷から多摩川にいたり、丸子付近の「平間渡し」を越えました。これより平間街道(旧池上道)となり、大森から南品川を経て高輪に至り、下町両国(国技館)あたりから奥州方向へ道が執権北条氏により整備されました。現在、それらは遠い過去のことになり、保土ケ谷あたりの古道痕跡を探すことも困難なりました。しかし大田区の「下の道」は現在も使われています。

  平安末期に源頼朝の「奥州合戦」で奥州平泉に進軍する軍を三つに分け進軍させました。「東海道の大将軍千葉常胤〜」(吾妻鏡では東海道)が「下の道」であり、「北陸道の大将軍比企藤四郎能員〜」とあるのは「中の道」(中原街道、吾妻鏡では下道)であります、源頼朝は大手として「上の道」(吾妻鏡では中路)を進軍して奥州藤原氏をわずか10日で滅ぼしました。
 
  江戸時代になると東海道が造られたため下道は往還道となり、平間街道と言われ、中原街道(中の道)と東海道を結ぶ往還道となりました。 平間街道沿いには、源氏の由緒を持つ伝承や史跡も数多くあります。大田神社の裏にある原っぱは、那須与一伝承から『那須与一ガ原』呼ばれています。鎌倉時代中期頃、高祖日蓮が養生のため、身延山から常陸の国を目指して旅に出ました、その道中に池上の池上右衛門大夫宗仲の館を訪ねました。この時、日蓮は「平間渡し」付近から平間街道沿いに池上へ、または、沼部大坂(旧中原街道)を経て千束池に至り、北馬込あたりから馬込村を通過して池上に至ったとの説があります。伝承はありますが確かな証(史料)はありません。(下の道には大井への二つのルートを想定しています)
 
  大田区中馬込近辺は縄文時代には海の静かな入り江であり、豊かな貝類がありました、発掘される貝塚が証明しています。これより馬込に至る大地は、古道や貝塚、横穴墓等がある歴史ある地域です。しかし乱開発にあい人が住んだ遺跡の痕跡はありません。

平間街道は、 池上本門寺や鵜ノ木光明寺などの寺社参拝・行楽の道として利用されました。私達はその様子を『江戸名所図会』、歌川広重などの浮世絵や大正時代に活躍した川瀬巴水高橋松亭の「新版画」によって知ることが出来ます。
 
 2014年頃から浮世絵で見る江戸時代をテーマに始めると、大きく大田区に関する考え方が変わりました。大田区の特長として幕府の支配が強い事があげられます。まず、三代将軍家光により、台徳院(二代将軍秀忠)の御霊料として馬込村が増上寺の寺領となり支配を受けたこと、江戸時代の大部分を支配されたことです。馬込村の名主達は増上寺のお手伝いを命じられました。

 幕府から旗本木原家の領地として木原山(山王から環七までの山)が 与えられました。木原山の前の海岸線は荒井崎と呼ばれた名勝地で、不入斗と呼ばれる幕府の御狩場でありました。八代将軍吉宗も葛西筋ほどではないが、よく鶴狩り(鶴御成)に訪れています。10代将軍家治の世子家基が、非業の死を迎えたのは、鷹狩りの帰途に木原山の木原家屋敷に立ち寄ったあと急病に襲われ、江戸城帰着の後に急死したのは歴史的事実であると言う。小説家佐伯泰英氏の人気時代長編『居眠り磐音江戸双紙』の題材になっている。

 2015年、平安末期の東国と源頼朝が創り上げた武家政権に興味をもち調べ始める。

  池上本門寺は江戸時代の日蓮宗の本山のひとつである、大奥にも支持され、紀州家や松平家の墓もある。葛飾北斎も歌川国芳も日蓮宗である。また幕府の御用絵師狩野家4家も日蓮宗で南之院の団信徒である。あの宮沢賢治も日蓮宗である。歌舞伎役者の墓や映画関係者も多い、創造者の創作活動は孤独であり、心の支えとして日蓮宗があったのだろうか。

川瀬巴水や高橋松亭による現代版画は、海外で広重と同じかそれ以上に評価されています。懐かしい大正から昭和の風景が蘇ります。自然との調和が美しい風景を見せていた時代です。

ある意味では特異な大田区を紹介していきたいと思う。写真資料の収集は難しく、文字資料・浮世絵による紹介に移行する。大目次へ 2016.06.17日更新


『馬込と大田区の歴史を保存する会』
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