被爆63年 2008年 桜隊原爆殉難者追悼会記録  


8月6日(水)五百羅漢寺。8時から五百羅漢寺主催の平和祈念桜隊殉難者追悼法要。

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10時30分より桜隊原爆殉難者追悼・碑前祭。記念写真撮影の後、昼食、歓談。12時15分より法堂にて2008年桜隊原爆殉難者追悼会を開会。

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司会/渡邉力(俳優・世話人)
開会挨拶 近野十志夫(事務局長)
 
  事務局を私たちが受け継いでから9年目になります。毎年参加者が少しずつ増えていて、今日の参加者は150名を越えました。これ以上になるとこの会場には入りきれなくなるという心配もありますが、大変嬉しいかぎりです。これからもよろしくお願いします。
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秋葉忠利広島市長からのメッセージ紹介 朗読…鹿島信哉(俳優・事務局)

会長挨拶 中村美代子(俳優)
 
  去年は右足首を骨折して入院していたので参加できずに申し訳ありませんでした。聖路加病院の院長、96歳の日野原さんが軍事費よりも高齢者のための医療に使えって発言しているのを読んで、入院生活をしていた私はその通りだと思いました。日本ってアメリカに私達の税金を注ぎ込みすぎてやしません?(拍手)アメリカの国の日本州みたいですもの。最近一番ショックだったのは、東友会の真実井房子さんが交通事故で亡くなったことです。私と同い年で、文通もしていました。真実井さんが「アメリカのために私たちは被爆者になって大勢亡くなりました。米軍基地が日本からなくならなければ、死んだ被爆者たちは怒っていますよ。基地がなくなれば私たち喜びます」と言ってたの。米軍基地のための思いやり予算で、家も建てて、旅行やパーティー開くのも私たちの税金でしょ。ハウスキーパーの知人に「米軍の家、5LDKだか6LDKだかですごいのよ。電話もお風呂もみんなタダ。」と聞きました。真実井さん、やだ〜千の風になっちゃって。私、口だけは元気だから、日本に基地をなくす運動をしたい!丸山さんだって園井さんだって今は喜んでないわよ。軍事基地をなくして、それをみんな私達のために使ってください。国民あっての国家じゃありませんか!!……ということで、失礼させていただきます。

参加されたご遺族の紹介

澤田静江様(丸山定夫の妹の子・姪)/渋谷博様・渋谷眞理子様(澤田静江さんの子)/池田太郎様(池田生二の子)/山崎太一様(池田生二の弟)/岡田美津枝様(父が仲みどりといとこ)/佐藤よし枝様(仲みどりのいとこの子)/倉田芳枝様(高山象三の異父兄の妻)


追悼 江津萩枝様(2008年3月27日ご逝去) 東京、京橋生まれ。祖父、父は弁護士。沢村貞子の紹介で、築地小劇場内の移動劇団『メザマシ隊』に参加。劇場での名前は「小杉てる」。後に演劇雑誌『テアトロ』の編集者となる若山和夫氏と結婚。60歳の時に桜隊に取り組む。著作『桜隊全滅』は新藤兼人監督・映画『桜隊散る』の原作となる


追悼 真実井房子様(2008年4月ご逝去) 東京都原爆被爆者団体協議会「東友会」会員。23歳の時に爆心地から1.7キロの広島市打越町で2歳の息子と被爆。国の内外で被爆の語り部として活動。桜隊原爆忌の会でも2度、被爆証言をお願いしました。(東友会と桜隊原爆忌の会のHPで真実井さんの証言が読めます

2008年追悼会報告 ページ1、ぺージ2ページ3ページ4ページ5ページ6

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